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CHAPTER I 第11話 はじめての護衛
Ourhour-Traveler

第11話 はじめての護衛

第一章 導きの星 編

三件目の依頼は、掲示板の真ん中に貼ってあった。

『北の宿場までの荷馬車護衛。一泊二日。行商人一名、荷馬車一台。報酬30Ø』

「護衛依頼ですね」

受付のノーラさんは、依頼票とキーラの顔を見比べて、眼鏡を押し上げた。

「本来は本登録の方向けですが……依頼主のご指名条件が『元気で、よく食べる子』なので」

「なんですかその条件」

「会えば分かります」

会って、分かった。

依頼主は、マーサさんという行商のおばさんだった。腕は樽のように太く、声は鐘のように大きく、荷馬車には北の町々へ卸す油と塩と反物が満載されていた。

「あんたかい! ちっちゃいねえ! まあいいさ、飯はうちが持つよ、たんと食べな!! ほら、まずは味見だ!」

会って三十秒で、腸詰めが一本、手に握らされていた。面接というより給餌である。

聞けば、いつもは顔なじみの冒険者に頼むのだが、今回は都合がつかず、かといって強面の知らない男を雇うのは苦手なのだという。「あたしゃね、道中の飯がまずくなる相手が一番だめなのさ」とのことだった。護衛の条件が「よく食べる子」なのは、そういうわけらしい。

「よろしくお願いします! あ、わたし、よく食べます!」

「合格だよ!!」

✦ ✦ ✦

旅は、にぎやかだった。

マーサさんは、荷馬車の御者台からよく喋った。北の町の相場のこと。塩はどこで買うのが利口かということ。三人いる息子が、三人そろって商いに向かなかった愚痴。キーラが商人の娘だと知ると、話は倍の速さになった。

「ナビアの干し魚かい! あれはいいよ、今度仕入れに行こうかね」

「うちの店、市場の角なんです! マルコの店って言えば分かります!」

「商売っ気まで一人前だ!!」

道中の昼飯は、宣言どおり豪勢だった。塩をきかせた腸詰めを炙って、固いパンに挟む。行商人の飯は塩が違う、とマーサさんは胸を張った。実際違った。

食後、マーサさんは急に真顔になって、護衛の心得というものを教えてくれた。

「いいかい、嬢ちゃん。なにか出たときの守る順番だ。——一に人、二に馬、三に荷。逆をやる護衛が、たまにいる。荷を守って馬を失えば、荷ごと立ち往生。馬を守って人が欠ければ、誰が手綱を握るんだい。……分かるね?」

「一に人、二に馬、三に荷」

「そう。それと、あんたの得物は槍だ。槍ってのは、追い払うのに一番いい得物だよ。届く間合いが長いからね。殺さなくても、群れってのは『割に合わない』と思えば引くもんさ」

長年、街道で生きてきた人の言葉は、ギルドの資料よりずっと具体的だった。キーラは腸詰めを頬張りながら、ぜんぶ頭に書きつけた。

「マーサさんは、なんで行商になったんですか?」

「ん? なんでって、そりゃあんた……考えたこともないね! 気づいたら馬の手綱を握ってた!」

「あはは、なにそれ」

「でもまあ、しいて言やあ——同じ景色に飽きる質だったのさ。店を構えるってのは、同じ場所で、同じ客と深くやる商売だ。行商は、違う場所で、違う客と浅く広くやる商売。どっちが上ってもんじゃない。質たちの問題さ。……あんたはどっちだい?」

キーラは少し考えた。ナビアの市場の、毎朝同じ顔ぶれの温かさも知っている。でも、いま荷馬車の上から見える知らない景色に、胸が躍っているのも本当だ。

「……両方、かも。今は、広く浅くの季節で。いつか、深くやりたい場所が見つかったら、そこで深く」

「はっはあ! 欲張りだね! いいよ、その欲張りは長生きするよ!!」

そして、日が暮れた。

宿場まではあと半日。今夜は街道脇の野営地で一泊になる。火を焚いて、馬に水をやって、交代で眠る——はずだった。

最初の遠吠えが聞こえたのは、キーラの見張り番のときだった。

✦ ✦ ✦

長く、細く、夜気を裂く声。

一つ。間を置いて、別の方角からもう一つ。

「……マーサさん、起きてください」

「——ん、おう。……ワーウルフかい」

マーサさんは跳ね起きて、火に薪を足した。炎が大きくなる。

「群れだね。荷の油の匂いにつられたか。……嬢ちゃん、やれるかい」

「や、やります。やれます」

声が少しうわずったのは、勘弁してほしい。闇の向こうで、遠吠えが数を増やしていく。ギルドの資料で読んだ。ワーウルフは一匹なら臆病。でも群れると、火にも寄ってくる。

「嬢ちゃん、配置だ。あんたは火と馬の間。あたしは馬車の上。……荷はいい、最後だ。順番、覚えてるね」

「一に人、二に馬、三に荷!」

「上等!!」

マーサさんは言いながら、太い薪を三本、手元に引き寄せた。護衛を雇う側の行商人が、自分の得物を用意している。この人は、守られるだけの人ではないのだ。街道で生きるというのは、そういうことらしかった。

火明かりの外は、墨を流したような闇だった。その闇のあちこちで、目が光る。二つ、四つ、八つ……。

「六匹ってとこかね」とマーサさんが言った。「多いよ。今年は山の餌が薄いんだ」

馬が荒く鼻を鳴らして足踏みをする。キーラは火を背にして、槍を構えた。手のひらが汗ばみ、息を吐く。一に人、二に馬、三に荷。守る順番は決まっている。位置も決まっている。なら、あとは——来るのを待つだけ。

(怖い。……けど、大丈夫。今日は最初から、槍を持ってる)

草むらが、鳴った。

最初の一匹が、火の輪の縁に飛び込んでくる。灰色の毛並み、低い姿勢、狙いは馬——

「させないっ!」

体が動いた。踏み込み、穂先で地を薙ぐ。薙いだところの空気が唸って、土と火の粉が舞い上がる。ワーウルフはたたらを踏んで下がった。

(大丈夫。動ける。……見えてる)

海賊の岩屋のときとは違った。あのときは無我夢中で振るっていたが、今は火の位置が分かる。馬車の位置が分かる。守るものが、どこにあるか分かっている。

二匹目が右から襲い掛かり、突きの腹で払い飛ばす。三匹目が馬車の陰に回る——のを、マーサさんの投げた薪が牽制した。キーラは風をまとった石突で、その三匹目の鼻先を地面ごと打った。

甲高い悲鳴。群れの気配が、一瞬ためらう。

「今です! ——そぉい!!」

風の唸りごと、槍を大きく振り回す。火明かりの中でぶんぶんと荒ぶる槍と、樽のような腕で薪を構えた行商人。旗色が悪いと見たのだろう、遠吠えがひとつ短く鳴いて——気配は潮が引くように森へ消えた。

静けさが戻ってくるまで、キーラは槍を下ろせなかった。構えたままの肩に、夜気が冷たかった。耳だけが、いつまでも森の音を拾い続けている。……戻ってこない。大丈夫。息を長く吐いた。

「……行った、みたいです」

「見事なもんだ!!」

ばん、と背中を叩かれ、肺から空気が一気に出た。

「追い払いで正解だよ。あの数を全部やるこたぁない。荷と馬と、あたしらが無事なら、護衛は満点さ!」

その夜はもう眠れる気がしなかったので、マーサさんと火の番をしながら、夜通し商売の話をした。

「しかし、あんたの槍の風、ありゃなんだい。魔法かい」

「風魔法……らしいです。その……戦ってるうちに使えるようになって。今でもまだ、不安定ですが」

「戦ってるうちに!? あっはっは、そんな覚え方があるかい!! ……でもいいね。あんたの風は、商売の風だ」

「商売の風?」

「そ。人を斬る風じゃなくて、場を回す風。市場でいちばん売れる店には、風が通ってるのさ。人が寄って、離れて、また寄って。あんたの槍の風もおんなじだ。狼を殺さずに場を回して、追い返した。……いい風だよ」

風の褒められ方として、それは初めての種類だった。キーラはなんだかくすぐったくなって、照れたまま火に薪を足した。

その後、腸詰めをもう一本焼いてもらった。一仕事終えた夜明けの腸詰めは、世界一おいしかった。

朝の光の中で見ると、野営地の周りには、ワーウルフが移動した後がぐるりと残っていた。火の輪の外を、行って、戻って、迷って——最後は、山のほうへまっすぐ帰っている。

「賢い群れだよ」と、マーサさんは跡を読みながら言った。「割に合わないと分かったら、深追いしない。……嬢ちゃんが誰も殺さなかったから、向こうも引き際を選べたのさ」

馬は、何事もなかったみたいに草を食んでいた。キーラがたてがみを撫でると、鼻先でぐいぐい押し返された。ゆうべ守った相手に懐かれるのは、報酬とはまた別の、いい気分だった。

✦ ✦ ✦

翌日の昼、荷馬車は無事に宿場へ着いた。

「はいよ、30Ø。……と、これはおまけだ」

報酬の握手のあとで、マーサさんは腸詰めの包みを、どさりと押しつけてきた。

「北へ行くんだろ。ノルディオを過ぎたら、飯屋が減るからね。……いい護衛だったよ。飯もよく食った。指名条件、満点だ。今度からあんたを指名しようかね」

「えへへ……。あ、でもわたし、旅の途中なので、次はいつ通るか」

「旅ってのはそういうもんさ。じゃ、縁があったらまた!!」

ギルドの出張窓口で依頼票に判をもらうと、係の人が言った。

「これで三件ですね。——おめでとうございます。本登録です」

窓口の奥で手続きを待つ間、キーラは三枚の依頼票を眺めた。ワーラビットの駆除。猫探し。荷馬車の護衛。判の並んだ紙は、たった三枚なのに、めくると三つの顔が浮かぶ。ガロさんの畑の畝。フクの鳴き声。マーサさんの薪投げ。

(依頼票って、領収書みたいだけど……ほんとは、名刺の束なのかも)

これから旅が続けば、この束はどんどん厚くなるのだろう。厚くなった束のぶんだけ、世界のあちこちに顔見知りが増える。そう考えたら、本登録というのは資格というより、帳面の一頁目みたいなものだった。

引き換えに渡されたのは、小さな金属板だった。

『冒険者 キーラ(ナビア出身) ロイゼル商国冒険者組合』

木の札より、ずっしり重い。陽にかざすと、組合の紋が鈍く光った。街道ですれ違ったあの四人組と、これでおそろいだ。

猫を探して、野菜を売って、狼を追い払って——ぜんぶ込みで、冒険者。悪くない。ぜんぜん悪くない。

キーラはギルド証を胸元に下げ、腸詰めの包みを担ぎ直して、北へ続く街道に一歩を踏み出した。

皆さんからいただいた時間 196.01Ø
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