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CHAPTER II 第24話 同行者
Ourhour-Traveler

第24話 同行者

第二章 銀色の書庫 編

「……というのが、わたしの旅です」

焚き火は、少し小さくなっていた。プシュケは語り終えて、湯呑みの白湯をひとくち飲んだ。

長く話しすぎたと思った。重い話を聞かせすぎたとも。初めて会って数日の人に、湿っぽい身の上話。呆れられるか、気を遣わせても仕方がない。

プシュケの過去を聞いても、キーラは泣かなかった。

かわいそうに、とも、大変だったね、とも言わなかった。そういう言葉を全部飛ばして、キーラは火に薪を一本足しながら言った。

「じゃあ、絶対見つけようね」

顔を上げると、キーラはにっと笑っていた。

「キュラリア。絶対、見つけよう。わたし、探すのは得意だよ。市場でお母さんの取り置きの飴、何回隠されても見つけたし」

「……飴と、伝説の華を、一緒にしないでください」

「一緒だよ。『どこかにはある』って信じてるほうが、目がよくなるの」

「理論的な、根拠は」

「ないよ? でも、飴は十八回見つかった」

「じゅうはちかい……」

つい、聞き返してしまった。十八回隠して十八回見つかる隠し場所とは。いや、見つける側の執念とは。

「十八回目はね、壺の中の豆の、そのまた下だったの。手ぇ突っ込んで肘まで豆まみれ」

「もはや、飴の値段を、超えています」

「値段じゃないの。見つけるって決めてたから」

言いながら、キーラは荷物の小袋をごそごそやって、飴をひと粒取り出した。出がけに母親が荷物の底へ忍ばせていた、取り置きの飴の生き残りだという。あの人、まだ隠すんだよ——と笑いながら、火明かり越しに差し出してくる。

「はい。証拠品」

「……証拠品の意味が、分かりませんが」

理屈で断る筋道を探しているうちに、手が先に受け取っていた。包みを剥がして、口に入れる。

「…………甘い、です」

思ったより、素直な声が出た。目が少し丸くなったのが、自分でも分かった。焚き火の向こうでキーラがなんだか満足そうな顔をしたので、プシュケは湯呑みへ視線を戻した。飴は頬の内側で、ゆっくり小さくなっていった。

「……まぁ、探しものの成功例として、一応覚えておきます。」

プシュケは飴を頬張った口をつぐんで、やれやれという顔をしながら返事をした。

しかしそれとは別に、先ほどのキーラが発言した、

『見つけるって、決めてたから。』

その一言が、ストンと胸の奥に落ちた。九年間の記録の山より、二十七件の症例より、よっぽど強い言葉に聞こえた。理屈では全然なかったのに。

「……ねえ、プシュケちゃん。伯父さんって、どんな人?」

薪の爆ぜる音の合間に、キーラが聞いた。

「フォルシスさん、だっけ。話に出てくるたび、なんかこう……不器用の匂いがする」

「におい……。……怖い人、です」

少し考えて、プシュケは言い直した。

「怖い人で……やさしい人、です。順番で言うと、そうなります。会うと、まず怖い。あとから、ぜんぶやさしかったと分かる」

「あー。うちのお父さんの逆だ。まずやさしくて、あとから帳簿にきびしい」

「……いつか。旅が終わったら、紹介します。キーラさんはたぶん、最初の『怖い』で笑うので、ちょうどいいです」

「どういう意味!?」

そう突っ込みを入れながら、キーラは糧食を頬張った。

(……どうして、でしょう。この人の言葉は、どうしてこんなに素直に受け入れられて、こんなに安心するんでしょう)

九年間、誰に話しても返ってきたのは、同情か、心配か、憐れみだった。おとぎ話に縋る可哀想な子、その視線に慣れたつもりでいた。

『同行』と言った人は、この人が初めてだった。

「……はい」

プシュケは、湯呑みを両手で包んで、小さくうなずいた。

「絶対、見つけます。……見つけましょう」

焚き火の向こうで、キーラが「よし!」と拳を握った。

それから少しだけ声を落として、プシュケに聞いた。

「……ねえ。見つかってさ、お母さんが治ったら——プシュケちゃん、最初になにしたい?」

考えたことがなかった。

九年間、「治す方法」のことばかり考えてきた。治ったあとのことは、怖くて、考えられなかった。考えて、叶わなかったときの落差が、怖かったのだと思う。

でも、焚き火の前でキーラの顔を見ていたら——するり、と出てきた。

「……ご本の、つづきを」

声が、思ったより小さくなった。

「読みかけの本が、あるんです。母と読んでいた物語。しおりが、九年間、同じ頁に挟まったままで。……先を、読んでいないんです。母の声で聞くって、決めているので」

キーラは、しばらく黙っていた。

それから、火のはぜる音にまぎれるくらいの声で「うん」と言った。

「じゃあ、それが一番。それを一番にしよう。キュラリアは、そのしおりのために探すんだ」

夜空には星が出ていた。ストラルの空より少しだけ低いところで、同じ星座が回っていた。王都の屋敷の氷の部屋にも、この星の光は、窓から少しだけ届いているはずだった。

その夜、プシュケは久しぶりに、夢も見ずにぐっすり眠った。

✦ ✦ ✦

翌朝が、少しだけ気まずかった。

正確には、気まずいのはプシュケだけだった。夜の焚き火には不思議な力がある。話すつもりのなかったことまで、するすると話させてしまう力が。朝の光の中で思い返すと、しおりの話までしたことが、じわじわと恥ずかしくなってきた。

キーラはといえば、いつもどおりだった。

「プシュケちゃん、朝ごはん! 堅焼き菓子を白湯でふやかすと、おかゆの親戚になります」

「……なりません、それは」

「なるの。ナビアの発明」

ゆうべの話を蒸し返さない。腫れ物にも触らない。ただ、堅焼き菓子のおかゆ……にはならず、ふやけた菓子だったものを分け合って、いつもどおりに荷物をまとめ、いつもどおりに歩き出す。

その「いつもどおり」が、どれだけありがたいか。キーラはたぶん、一生気づかないんだと思う。

✦ ✦ ✦

午前の街道はなだらかな丘越えだった。荷物の音と、足音と、ときどきキーラの鼻歌。

丘のてっぺんで、キーラが言い出した。

「ね、プシュケちゃん。お互いの魔法、ちゃんと見せ合わない? これから一緒に旅するんだし、いざってとき、相方の手の内を知らないと危ないでしょ」

「……確かに、そうですね」

丘の上の開けた草地で、小さな披露会になった。

まずキーラ。走り込んで、槍を振る。穂先に風が集まって、ヒュンと草を薙いだ。それから風車の要領で、風だけをふわりとプシュケのほうへ送ってみせた。前髪が、やわらかく持ち上がる。

「へへ。あったかいでしょ、わたしの風」

「……はい、あたたかいです。それと——詠唱、していませんね?」

「詠唱?」

「……本格的に、我流なんですね」

次に、プシュケ。姿勢を正し、杖を構え、教科書どおりの拍で、詠唱を口にする。

「白妙しろたえの息吹よ、いざ我が掌てに凍てつきて、氷の華として咲き誇れ——氷華フリーズ」

草地の一角に、霜の華が、ぱきぱきと音を立てて咲いた。円形に、均等に、設計図があるみたいに正確に。

しかも完全に近い詠唱を行ったからか、その規模は今まで見たどの魔法よりも広かった。

キーラが「おお〜〜!すごくきれい!」と拍手し、魔法の残滓でできた氷の結晶がキラキラと舞う中、霜の縁にしゃがみこんであるもの指さした。

「ね、これ、氷のお花みたいに咲かせたの、わざと?」

「……半分、癖です。母の氷像の、名残かもしれません」

「じゃあ、お母さん直伝だ」

「————はい。直伝、です」

手の内の披露会は、そのまま簡単な連携の相談になった。プシュケの詠唱中は、キーラが前に立つ。キーラが深追いしたら、プシュケが足元を凍らせて敵を切り離す。決めごとは二つだけ。だが二人の戦い方の骨格には、それだけで十分だった。

「本番で使う日が、来ないといいけどね!」

「……来ます。旅とは、だいたいそういうものです、と本に書いてありました。」

「プシュケちゃんの読む本、ときどき不吉なんだよなあ」

昼の休憩のとき、ふとプシュケは口を開いた。

「あの。キーラさんの髪飾りの話も、聞きたいです」

キーラが、きょとんとした。

「わたしばかり、話しましたので。……その、等価交換、です」

「等価交換」

キーラは笑って、髪元の小さな花の飾りに指先で触れた。

「幼馴染みがくれたの、リーリアっていう子。いまは離れて暮らしてるんだけど……昔っから、泣いてる子がいると自分のことみたいに怒って、そのくせ最後は絶対笑わせにくる、変な順番の子でね」

海賊の夜に髪飾りを握って眠ったこと。旅支度の朝に結び直したこと。キーラの話はプシュケの話より、ずっと短くて、ずっと軽かった。軽かったけれど、髪飾りに触れる指の丁寧さは、プシュケが母の形見に触れるときと同じだった。

「……おそろい、ですね」

「ん?」

「大事なものが、頭の上にあるの。……わたしのこれは、母の形見です。キーラさんのそれは、幼馴染みさんの」

キーラは目をぱちぱちさせて、それから嬉しそうに笑った。

「ほんとだ。おそろいだ」

午後の街道で、こんどはプシュケが聞いてみた。

「キーラさんは……旅の終わりに、何が見つかれば、満足なんですか」

キーラは、うーんと空を仰いだ。たっぷりの歩幅ぶん考えてから、出てきた答えは、こうだった。

「わかんない!」

「わかんない、ですか」

「うん。でもね、見つかったら、たぶん分かると思うの。『あ、これだ』って。……だから、いっぱい見て歩くの。目印のない探しものは、通り過ぎたら困るから」

理屈になっているような、いないような答えだった。でも、この人の「わかんない」は、投げやりの「わかんない」ではなかった。まだ白紙の頁を、楽しみにしている人の「わかんない」だった。

「あ、でもね、ひとつだけ決めてるのはあるよ」

「聞きます」

「旅の終わりに、『行ってよかった』って言うこと。何が見つかっても、見つからなくても、最後の一言はそれにするの。……先に決めとくと、そうなるように歩くから」

願いごとは、叶ったあとの分まで考えておく。ゆうべの、あの理屈と同じ組み立てだった。この人は、根拠のない知恵をうまく運用している。そして厄介なことに、その知恵はプシュケの知るどの論法より、人を歩かせる力が強かった。

(わたしの探しものには、名前がある。キーラさんの探しものには、まだ名前がない)

(……どちらが先に見つかるか。ちょっとだけ、競争ですね)

なんだか、『同行者』という言葉の意味を、辞書より正確に知ったような気がする1日だった。

皆さんからいただいた時間 202.56Ø
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